「さらだ」の活動趣旨や活動内容を紹介していきます。


by salad_lgbti

カテゴリ:企画の報告( 11 )

さらだ企画vol.9 報告

2015年2月1日に開催した企画の報告です。
弁護士の永野靖さんに同性婚、パートナーシップの現状をお聞きしました。

さらだ企画vol.9 報告
性は多様、結婚は?
― 同性婚の現状について考える


 さらだでは同性婚やまたはそれに代わるパートナーシップ制度が自分にとって必要か、結婚そのものをどう考えるのか、長く議論してきました。今回、ゲイであることをオープンにし、同性婚の法整備の運動をされている弁護士の永野靖さんをお招きし、同性婚、パートナーシップの現状をお聞きしました。
 この企画の翌日、渋谷区長がパートナーシップ証明の発行を定めた条例案を発表し、偶然にもタイミングの良い開催となりました。

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●そもそも結婚って何?
 法律用語では「結婚」を「婚姻」といいますが、実は法律には婚姻の定義はどこにも書いてありません。
 でも、おそらく私たちが「結婚」というときにイメージするものは、人と人がお互いに好きになって、性的なものも含めて親密な関係を結び、同居して、互いに助け合い、できれば生涯を添い遂げる、というものかと思うんですね。そういうものが良いか悪いかは別として、とにかく実態としてそうなっています。
 そして、さらにその2人の関係を国家に登録する。すると様々な権利や義務が付与される、そういう仕組みが多くの国にあるわけです。
 「結婚」というのは、社会習俗として実際にある結婚というレベルと、もう1つ、国家に対して登録するという大きく2つのレベルがあるんだと思うんです。

●日本の現状:同性間で法的な婚姻はできない
 日本の民法の中に「婚姻は異性間に限ります」とはっきり書いてあるわけではありません。ただ「夫婦」とか、当然男女の関係だということを前提とした書き方になっているんですね。解釈上、日本の民法において同性間の婚姻は認めていないと、どの学者も言っており、また法務省としても同性間の婚姻を認めていないと解釈をします、ということだと思います。

●日本の現状:同性間で事実上のパートナーにはなれる
 けれど、事実上パートナーとしての関係を結ぶことは、当然、異性間と同様に同性間でもできます。例えば昔のアメリカにはソドミー法という同性間の性行為を違法とする法律がありましたが、日本の場合はないので、同性間がセクシュアルな関係を含めてパートナーとなることが法律上禁止されているわけではありません。

●日本の現状:社会的に同性間で「結婚」が承認・認知されていない
 もう1つ、同性のパートーナーが社会的に「結婚」「夫婦」であると承認し、認知されているかというとどうでしょう。男性が男性と同居していたとして、周りが「夫婦なんだね」と思うかというとそうはならないでしょう。もちろん2人が関係をカミングアウトしているか、またそのカミングアウトの難しさとも関係しています。
 というところが同性間の結婚の日本の現状です。

●片方だけが別れたくても別れられないのが結婚
 では、法律上の結婚、婚姻で、その効果としてどういう権利や義務が発生するんでしょうか。同居、協力、扶助義務、それから解釈で貞操義務があるとされています。婚姻費用の分担とか同姓を名乗るとかいろいろありますが、ざっくり言うと「お互いに助け合って生きなさい。浮気はダメです。」ということです。
 通常の恋愛であれば一方が別れたいと言えば基本的にそれで関係は終わりですが、結婚の場合には片方が一方的に別れたいと言っても離婚はできない、ここが恋愛との大きな違いかと思います。

●同性パートナーが突然死した30代男性 住む場所も財産も仕事も失った
 法律上、夫婦や配偶者に対しては、様々な権利が付与され、社会生活上の配偶者への取り扱いも様々ありますが、同性パートナーにはありません。『パートナーシップ・生活と制度』(緑風出版)という本から事例を紹介します。
       
 30代男性の話。長年のパートナーだった40代の男性と同居し、パートナーの実家の家業を手伝っていた。そのパートナーが発作を起こして突然死してしまった。
 30代の男性のところに救急隊員から突然電話がかかってきて「携帯電話の持ち主のご家族の方ですか?」と聞かれた。迷ったが「いいえ、同居人です」と答えた。「じゃ、ご家族の連絡先を教えてください」と言われ「どうしたんですか?」と聞き返したところ「意識不明なんですが詳しい病状はご家族にしか教えられません」と言われてしまった。パートナーの家族に電話をし搬送先の病院へ駆けつけたが、すでに息を引き取っていた。
 パートナーとの関係を周囲にあまり公にしていなかったため葬儀には一従業員として出席。マンションの名義はパートナーだったのでほとんどの家財道具を置いてマンションから退去した。預金もほとんどパートナーの名義だったので2人で築いた財産も彼の物とは見なされなかった。パートナーの生命保険はその親族のものになった。結局パートナーの実家の家業で働き続けづらくなり、仕事もやめてしまった。
         
 パートナーの死によって、大切なパートナーを失っただけでなく、住む場所も仕事も財産も失った。これはある意味、典型的な事例だと思います。

●個人情報保護法の運用、情報が伝わらない
 まず、救急隊員からの「ご家族にしか教えられません」という話ですが、個人情報保護法ではこういった意識不明などの場合には厚生労働省のガイドラインで関係者に教えてもよいことになっています。家族だけに限るとは書いていないので、同性パートナーに情報を伝えることは不可能ではないはずです。ですが、現場での運用の実態として、パートナーに情報が伝わらないという問題が生じてしまった、ということだと思います。

●葬儀、相続 2人の財産でも無権利状態に
 そして葬儀では、親族としては扱われず、辛い立場に立たされた。
 次に相続の問題です。2人は協力してマンションを買い、協力して預金もしたわけです。ただ、たまたま名義がパートナーだったために彼には何も残らなかった。遺言があれば彼は相続できますが、若いカップルですと遺言がないケースはたくさんあり、無権利状態となってしまいます。

●相続税、生命保険 配偶者としての配慮なし
 仮に、遺言がありパートナーにすべて遺贈とあった場合でも、相続税の問題があります。法律婚の配偶者には相続しても法定相続分までは税金がかからないようになっていますが、同性パートナーには遺贈の遺言があっても税額軽減の措置はなく、相続税は高額ですから決して小さくない不利益です。
 そして死亡保険です。保険金の受取人を同性パートナーにしたいといっても、今、生命保険会社は全部お断りなんです。一律そういう扱いになっているそうです。
※後に渋谷区の同性パートナーシップ証明が契機となって、ライフネット生命を皮切りに、第一生命、日本生命などでも同性パートナーを受取人にすることを認めるようになりました。

●外国人の同性パートナーだと強制送還も
 さらに、日本人と外国人カップルの場合です。
 異性間では結婚し、婚姻生活の実態があれば「日本人の配偶者等」という安定した在留資格がもらえますが、同性間では、日本で相手に出会い、一生添い遂げていこうという関係ができたとしても、在留資格はなく、国に帰らなければならない。好きな人と離れたくないと思えば不法滞在になってしまうわけです。常にビクビク暮らさなきゃならないし、労働条件が悪いところでしか働けないですよね。病気になっても、健康保険は使えないわけです。私自身、そういう相談を受けたことがありますし、逮捕されちゃった、強制送還された、という事案も実際にあります。
 同性パートナーに法律的な位置づけがないための非常に理不尽な例だと思います。

●憲法は同性婚を禁止しているのか
 日本で同性婚制度が実現できるのか、憲法の24条、13条、14条を紹介します。
 憲法24条は「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し…」となっているんですね。だから憲法は同性の合意のみの婚姻を認めていないんじゃないか、同性婚を禁止しているんだ、という話があるわけです。
 ところで憲法と法律の関係を説明しますと、憲法は最高法規です。法律は、国会で衆参両院で過半数で可決されればできますが、ただ、憲法に違反する法律は作れないんです。仮に憲法が同性婚を禁止しているんであれば、国会で同性婚法という法律を作ろうとしても憲法違反だということになってしまい、憲法改正をしないと作れないということになります。

●「両性の合意のみ」とは家制度の否定
 じゃあ憲法24条は同性婚を禁止しているか、です。法務省が公式な見解を出しているわけでなく、学者にもいろんな意見があります。
 ただ一致しているのは「戦前の家制度を否定するためにできた条文」ということなんです。戦前は戸主や親の同意がないとできない、家のための結婚だったんですが、そうじゃなくて、2人の両当事者が合意すれば結婚できるんだ、と定めたんです。だとすれば、「合意のみ」の「のみ」に意味があると読めば、日本国憲法第24条は同性婚を禁止していないと読める、という学者さんがいるし、私もそう思っています。

●同性婚は憲法の精神に沿ったもの
 憲法13条は人権の基本を定めている条文で、「自分が幸せと思うライフスタイルを追求して良いんだよ、それを国家は妨害してはいけない」というものです。そして14条は、文字通り平等を定めたものです。さらに24条2項に「〜個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」とあります。
 この13条、14条、24条2項の趣旨から言えば、同性婚は憲法上の権利とまでは言えないかもしれないけれど、日本国憲法の趣旨に沿った方向だと言えるんじゃないかと思います。
※その後、LGBT支援法律家ネットワークの有志の弁護士で議論をして、私も、異性と婚姻することはできるのに同性と婚姻することができないのは、平等原則を定める憲法14条に違反していると考えるようになりました。

●同性婚は、同性愛者への社会的承認に効果
 同性婚を作るかどうか、実はセクシュアルマイノリティの中でもいろいろな意見があるかと思います。結婚という制度が歴史的にみれば女性を抑圧してきたという面がないわけではないので、そこに同性カップルが参入することについて疑問だという意見があります。
 私は同性婚はあってもいいかなと思っています。1つは具体的に困っているケース、理不尽なケースがある。2つめは、同性婚を作ることによって同性愛者が社会的承認を得られる効果が大きい。この理由が一番です。3つ目は平等。結婚制度の利用権というか、それは平等に保障され、同性パートナーにも選択肢があってしかるべきだと思っています。
 何らかのセクシュアルマイノリティについての権利を保障する法制度を整備していくよう、働きかけを強めていきたいと考えています。


〈参加した方から寄せられた感想〉
●憲法の言葉尻だけでなく、全体に流れる精神や作られた経緯を考えることが必要なのだと思いました。「憲法は味方」私も思いたいです。ヘテロの人とも話せたのが良かったです。
●結婚するという意味について再認識をすることができて良かったです。パートナーと生きていく上で必要な法律上の知識をこれから継続的に入手していきたいと思いました。
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by salad_lgbti | 2016-03-17 13:57 | 企画の報告
さらだ企画「性は多様、結婚は?〜同性婚の現状について考える〜」
25名の方々にご参加いただきました!ありがとうございました!
永野先生から現在の同性婚を取り巻く状況を分かりやすく
お話ししていただきました。
公演後、グループに分かれ参加者の方々と意見交換をしました。

そのような企画をした翌日にこんなニュースが!
渋谷区が同性のカップルに「結婚に相当する関係」と認める証明書を発行する新たな条例案をまとめ、区議会に提出するとのこと・・・・
http://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20150212/5392581.html

同性婚の実現は、まだまだ長い道のりかなあと考えていたのですが、
確実に社会は変化しているなあと、永野先生からの話からも上記のニュースからも感じ取れました。

さらだは、今後も誰もが生きやすく多様な生き方が尊重される社会をどうやったら実現できるかを企画を通して考えていければと思っております。
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by salad_lgbti | 2015-02-12 18:32 | 企画の報告
2012年3月3日に開催したさらだ企画【被災地の性的マイノリティの声から考える〜つながりあえる社会とは〜】の報告です。

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昨年(2011年)、さらだのメンバーで次の企画のテーマを話し合うなか東日本大震災がおこりました。震災後、次の企画テーマは「東日本大震災」は避けては通れないのではないか、となりました。さらだのメンバーのなかにも実家が被災したり、地震当日は帰宅できず職場に泊まったものなどもいました。そして、東北地方の被害の大きさに触れるなかで、セクシュアルマイノリティの立場で今回の震災を考えたいとメンバーの一致した思いとなりました。

そこで、被災されたセクシュアルマイノリティ当事者の声を通じて、被災によって直面しているそれぞれの困難や思いを集め、そこからいまの社会に必要なものを考えていく、そんな企画にしたいと思い、企画の準備をはじめました。しかし、実際、声集めをはじめると、東北地方のセクシュアルマイノリティの方々と繋がることが難しく、思うように当事者の声が集まりませんでした。セクシュアリティという個人のプライバシーに関わる問題でもあるため、なかなか当事者を紹介していただけないという状況でした。

そのような状況でしたが、この企画のために下記の方々がインタビュー(3件)、アンケート(2件)を引き受けてくれました。

●インタビュー1 震災時仙台で仕事をされていて、石巻の実家でご両親が被災されたUさんのインタビュー。インタビュー当時(2011年8月)は、東京の避難住宅にて生活。避難生活で抱える不安、そして東北地方のゲイコミュニティの状況に関してお聞きしました。Uさんは福祉系の仕事をされているということもあり、高齢者の孤立の問題や就労の問題などについて語ってくれました。そして東北でセクシュアルマイノリティとして生きていくことの大変さについても率直に語っていただきました。

●インタビュー2 仙台のゲイコミュニティを中心に活動している「やろっこ」の事務局の太田さんと、やろっこが運営する「コミュニティセンターZEL」を利用している2名の方のインタビュー。「やろっこ」のインタビューでは、ゲイだからこそつながりがあえた、コミュニティに支えられた部分があったという話が印象的でした。

●インタビュー3 「セクシュアリティと人権を考える会」会員の内田さんのインタビュー。内田さんは、仙台在住で避難所でのセクシュアルマイノリティの実態調査をおこなってきました。トランスジェンダーの方が抱えた困難などお話いただきました。震災などの非常時には、日常的にあるジェンダー(性的役割)がより強まる傾向があるというお話しが印象的でした。実際、避難所では、大抵の場合男性がリーダーとなり、女性のニーズが反映されない状況があったようです。全てのセクシュアリティの人々が被災しても最低限の尊厳を持てるようにすることが大切ということを語っていただきました。

●アンケート1 東北福祉大学LGBTサークルBLENDA 震災時の不安、疲労感、他者への不信感などを具体的に書いていただきました。

●アンケート2 仙台のレズビアン、バイセクシュアル女性のサークル「♀?♀お茶っこ飲み会・仙台」のMさん 被災時、セクシュアリティに関わることで困ったことはとくに無かったということ、そして今回の経験から、行政も個人もまずは緊急時に備えることが大切ということをご記入いただきました。

当日の企画では、これらのインタビュー映像とアンケートを紹介し、それをもとにグループトークを行いました。グループトークでは、以下2つのポイントについてそれぞれ意見を交流をしました。

●トークポイント1 インタビューのなかにさまざまなセクシュアリティの方々のエピソードが出てきます。それらのエピソードから、自分とは違うセクシュアリティの方の視点に立ち、それぞれ感じたことを話し合いました。自分とは違う性別・セクシュアリティについて考えることで色々な発見があるのではないかと考えました。

●トークポイント2 社会ではさまざまなセクシュアリティの人が暮らしています。日常のなかで異なるセクシュアリティの人とどうやって繋がっていけたらよいか、それぞれ思うところを話し合いました。

●各グループトークの内容
・避難所のようなところでは、女性やお年寄りなどの弱者がさらなる弱者になってしまう(ヘテロ男性)
・被災地であってもマイノリティの自分を分かってくれている人がいると知るだけで気持ちが違う(ゲイ男性)
・差し支えなければカミングアウトしてくれると、友人として嬉しい(ヘテロ女性)
・ヘテロとしては待つしかないが、カムアウトしてくれなくてもそれは仕方がない(ヘテロ女性)
・セクシュアリティを隠して生きているがカミングアウトをしづらい環境がある。普通に生きていけるしそれに慣れてしまった(ゲイ男性)
・日常生活ではセクシュアリティは話題にならないから、そのままだとヘテロだと思われている(ゲイ男性)
・仙台でコミュニティがあって良かったが、コミュニティと合わない人、コミュニティと出会えていない人は見えてこない(ヘテロ女性)
など、3つのグループに分かれ、それぞれ感想や意見を交換しあいました。

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今回の企画は、立ち上げからとても苦労しました。直接大きな被害は無かった首都圏で生活してる私たち(さらだメンバー)がこちらの想像力だけで、被災地のことをあれこれ考えることに躊躇もありました。企画打ち合わせの中でも「被災した人にとってはセクシュアリティの問題より、まずは生きるための衣食住のほうが先だから、このような状況のなかで震災とセクシュアリティの問題を重ねて考えることは無理があるのではないか」というようなことを何度も議論しました。

しかし、インタビューやアンケートを集めるなかで、東北のセクシュアルマイノリティコミュニティの状況、被災時に日常のジェンダーがより強まる傾向があるということなどが、ぼんやりとですが見えてきました。そこから、やはり大切なのは、日常から様々な立場の人の状況を知るということだと感じ、どうしてもこの企画を形にし、問題を共有したいということで準備をしてきました。

セクシュアリティの問題は日常の中でもなかなか見えていません。ですから被災というなかでは、より可視化しにくい問題です。それはさらに言えばセクシュアルマイノリティの問題だけでなく、多くの社会的マイノリティについて言える事です。ですから、普段の日常の中からさまざまな立場の人々の視点を感じ、知ることが必要だと思いました。それが被災という非常時でも生かされてくるはずです。

そして、それぞれがそれぞれの自己責任で問題を解決するのではなく、違いを超えて問題を共有し、お互いがつながっていける社会にしていくことが大切だと、今回の企画を通じて強く思いました。

改めて、今回インタビュー、アンケートにご協力いただいた方々に御礼申し上げます。ありがとうございました。さらだではこれからも、誰もがそのひとらしく生きられるような社会を目指して、地道に活動していきたいと思っております。
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by salad_lgbti | 2012-07-25 17:48 | 企画の報告
前の更新から随分間が空いてしまいました。
今年はもうすこし活発に活動を展開していければと考えています。
どうぞよろしくお願いします。

さて、昨年2月に行った、渡辺大輔さんの講演
『学校の中の性的マイノリティ〜カナダの取り組みから日本の教育を考える〜』の報告です。

 性的マイノリティと教育について研究されている渡辺大輔さんを招いての講演会を行い、講演後、グループに分かれて1時間ほどテーマに沿って話し合いました。全体で40人を超える方々にお越しいただきました。

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●中学校や高校で
  学校では性的マイノリティの子どもたちも生活しています。大学生に中学や高校時代の体験談を聞きました。
○女子校には「レズビアン」のカップルがいた。学校外でデートしていたのを誰かが見て、噂が学年中に広がり、わたしもあれこれ噂してしまった。(女性)
○仲良かった男子が、顔やしゃべり方が「女っぽい」という理由で周りの子からいじめにあっていた。気にせずに仲良くしていたら「あいつらできているんじゃないか」と言われるようになり、それが耐えられなくて、その子を無視してしまうようになった。(男性)

●性的マイノリティのつらさ
 性的マイノリティの子どもたちはどんな思いで生活しているのでしょう。
○学校の先生で、「ホモネタ」を言う人がいた。それをクラスみんなが笑っていて、笑わなかったら「あいつゲイかも」と思われるから僕も笑った。でも感情がこみ上げてきて顔が赤くなって、苦しくて泣きそうになった。でもここで泣いたら絶対ゲイってバレると思っていたたまれなくなった。(ゲイ)
○保健体育の授業では、男女別、性別違和のないヘテロセクシュアルを前提に話をしていた。健康な異性愛の男女の話ばかりされるのは嫌だ。聞くのもつらかった。性的マイノリティのこともきちんと話してほしい。(トランスジェンダー)

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●「様々な性」の授業は10%未満
 日本の性教育はどうなっているでしょうか。小学校4年の保健で第二次成長の学習をします。初潮、精通、異性への関心…異性限定の内容です。中学校の保健体育でも、異性への関心など異性愛限定です。高校の保健体育でも、思春期と健康、結婚生活において異性を尊重する態度が必要だという内容で、同性に対することや性自認の問題はまったく出てきません。学習指導要領に従うと、性教育で扱う内容は、体と心に違和感のない異性愛の人が大前提で、それ以外の性的マイノリティは扱わないのです。全国中学校調査によれば、授業で「様々な性」を取り扱っているというのは10%未満です。

●差別意識と向き合う授業
 多様な性を教えることに関心を持ち、研究や実践をしている教職員もいます。わたしも共同研究の一環で2年間、関西の中学校で「多様な性」についての授業をしています。
 1年目の授業ではビデオを見せましたが、生徒たちの反応は「ビデオだと質問できない」「頭の中では差別だってわかっていてもキモいとか思ってしまう」というようなものでした。
 そこで翌年は、実物としてゲイのわたしが教壇に立って授業をしました。ある生徒の感想です。「やっぱり同性愛は理解できず、人間的に受け付けられない自分がいることに気づいた。けど、いろんな考えを理解できる人になりたいと思った。先生の手が震えていたのでやっぱり話すことは緊張するんだなぁと思った」
 こういう感想を中学3年で書けるってすごいことだと思います。「もうこれからは差別しないと思う」と簡単に書いてしまうより、自分の差別意識と一度向き合うことは、大きな一歩です。性的マイノリティが生身の人間として伝えるというのも、生徒たちが考えるきっかけになるのだと思いました。

●生徒の意外な反応
 また、ドラマ(映像)を活用した授業も行なっています。主人公はレズビアンの高校生。父と祖母に、たまたまカミングアウトすることになってしまう。父親は理解があったけれど、祖母には全く理解されず…という内容です。ドラマを見たあとにある生徒が「あのおばあちゃん死ななきゃ変わんないよ」と言いました。わたしは当初、どうしてカミングアウトしたのか? その時の気持ちは? というような質問を用意していたのですが、生徒たちはそうじゃなくて「このおばあちゃんを何とかしたい」というように見たのです。授業実践では、生徒たちに教えられて発展していくことがあります。

●トランスジェンダー生徒交流会
 京都に土肥いつきさんという、トランスジェンダーの高校の先生がいます。その方が年4回「トランスジェンダー生徒交流会」というのを開いています。この交流会を紹介したVTRを見てみましょう(NHK京都「京特~絆~」2010年5月20日放送)。トランスジェンダーの中高生を集めて、みんなでお昼ご飯を作って、自己紹介をしてゲストスピーカーと話をします。これからどう生きていくか、どう仕事を見つけるか、仕事の中ではどんな困難があるかなど、いろんな世代の人と交流しています。

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●カナダ・トロントでは
  さて、カナダのオンタリオ州トロントの教育実践を紹介します。わたしは1999年、2000年、2010年と3回調査に行きました。トロントは様々な人種や民族、セクシュアリティの人が住むカナダ最大の都市です。1986年に改定されたオンタリオ人権規約では、性的指向にかかわらず人権が保障されるという内容が盛り込まれました。また、2005年には異性間の結婚と同性間の結婚に区別がない市民結婚法が制定されました。

●中学生によるゲイ殺害がきっかけ
 トロントでは性的マイノリティに関するユニークな教育実践が行われていますが、そのきっかけになったのは1985年の事件でした。ゲイの学校司書が男子中学生4人に殺害されたのです。教育委員会が調査したところ、学校の中にセクシュアリティに関してのいじめや差別があることがわかりました。そこで教育委員会は、学習プログラムや教職員研修に取り組むようになったのです。

●「性の多様性」の出張授業
 トロント教育委員会がスタッフを学校に派遣し、カウンセリング、情報提供、相談事業などを行う、「ヒューマンセクシュアリティプログラム」というものがあります。
 その中に「性の多様性」をテーマとした出張授業があります。2000年には年50回くらい高校を中心に行われていましたが、2010年には年300回に増え、低年齢の子どもを対象にしたケースが増えていました。2005年に市民結婚法ができたことで、親がゲイやレズビアンの子どもたちがいて、彼らが学校でからかわれたりするからです。出張授業は教育委員会が派遣するソーシャルワーカーが行います。ソーシャルワーカーとは、子どもが過ごしやすい人間関係や環境、ネットワーク作りをする人です。

●「家族っていろいろだよね」
 ここで、小学校低学年の授業で見せる「That's a family! 」というDVDを見てみましょう。映像では、子どもたちが自分の家族を紹介します。片親の子、別々に暮らす離婚した家庭の子、そして同性カップルを親に持つ子も出てきます。授業では「家族っていろいろだよね」と話します。授業のあと、お母さんがレズビアンの子どもが「今まで友達には言わなかったけど、言える気がする」と話したそうです。

●性的マイノリティのための学校
 トロントには、高校に通えなくなった性的マイノリティのための学校を運営する「トライアングルプログラム」があります。教室は教会の1室を借りています。通ってくる子どもたちは、2000年は親に排除されてしまった子が多かったのですが、2010年には親は認めてくれるけれど学校でいじめられてという子が多くいました。
 セクシュアリティの構成は、50%がゲイ、22%がレズビアン、19%がトランスジェンダー/セクシュアル、2%がバイセクシュアル、その他5%です。

●安心できる場所づくり
 1999年に初めてわたしが行ったとき、生徒たちに会わせてもらえませんでした。ゲイ当事者であっても外部からの人にはそう簡単には会わせられないということでした。深く傷つけられ学校に通えなくなった彼らにとって、安心できる場所を確保するということが徹底されているのです。生徒たちが話しやすい環境にするということで、スタッフもほぼ全員が性的マイノリティです。

●自己肯定感の育成
 トロント「トライアングルプログラム」の高校での授業内容をいくつか紹介しましょう。自分のカミングアウトストーリーを作る授業があります。3週間かけて学習し、英語の単位になります。この中では、自分がカミングアウトしたい人に手紙を書きます。理想の反応とか、こんな反応があったらどうするかなどと想定しながら、クラスで議論します。
 性的マイノリティの大人から経験を聞く機会もあります。生活の困難をどう乗り越えているのか、どうネットワークを作っているのかというような話です。それから自分自身のカミングアウトストーリーを執筆して、クラスで発表します。「あなたのストーリーはこうなんだ、わたしのはこうだよ」と話し合いながら自己肯定感を高めていくのです。

●自分の将来像を描く
 ライフマネージメントという科目では、性感染症や性暴力の問題のほか、レズビアンの歴史など、歴史に登場する性的マイノリティを積極的に扱いながら、「自分たちの仲間もこうやって歴史的に活躍した人がいるんだ」と学習しています。
 また、就労体験型の学習もあります。近くのゲイコミュニティのお店に入ったり、レズビアンのカップルでやっている獣医さんのもとで就労体験したりするそうです。こうした体験を通じて、自分の将来像を描いたり、地域の中で性的マイノリティという要素を持ちながらどう生きていくかを考えます。

●日本でも若者の居場所を
 現状では日本とカナダではかなり差がありますが、日本でも地道な動きがあります。教職員向けの啓発ビデオやサポートブックを普及する取り組みや、教育実践を広げる教職員のネットワークなどです。教職員とサポートグループと教育行政がつながって、性的マイノリティの若者の居場所をもっと増やせるといいと思っています。

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渡辺 大輔 わたなべ だいすけ
埼玉大学、千葉大学、都留文科大学、東京都立大学・首都大学東京、法政大学、千葉市青葉看護専門学校非常勤講師。専門:セクシュアリティ/セクシュアルマイノリティと教育。博士(教育学)。“人間と性”教育研究協議会 幹事。



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参加者から寄せられた感想

●初めて参加しました。学生時代に自分の周りにいるかも?と考えたことがなかったので、多くの人が理解を求めていることを初めて知りました。

●海外では、ゲイのカップルによく出会うのですが、日本ではほとんど出会ったことがありません。やっぱり日本では雰囲気的にはまだまだむずかしいのかなぁ…

●カナダに比べて日本はあまりにも性的マイノリティの教育がされていないことに驚きました。

●今の学校教育は性的マイノリティだけでなく、性教育全体が遅れているように感じる。性教育全体をボトムアップしつつ性的マイノリティをフォローしていける教育になればいいと思った。

●大人になってから自分で調べるまで性的マイノリティの知識は得られなかった。友人にそういう知識を伝えようと思っても上手く伝えられないので非常にもどかしく思う。性的マイノリティについての知識が常識となる社会になればいいなと思う。

●日本はあまりにも性教育が遅れているのを痛感するけれど、本当にもっと様々な性のあり方、そして男性・女性という性も尊重されるような教育を行う政府に、変えていかなければと思いました。

●現役の高校生として参加をしたけど、アットホームな感じで話しやすかった。日本はカナダに見習うところはたくさんあるけど、身近に小さな変化なら生めるはずなので、少しのことでもやっていきたいと思った。

●悲しいけれど、まだ教員の中にも「ホモネタ」を笑いのタネにする人がいます。でも、研修会を開いて学習するとわかる教員が多いです。私自身は、多様な性について指導しています。子どもたちは柔軟な感性で受け入れます。教員という立場で、まずは自分のまわりから変えていこうと考えています。
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by salad_lgbti | 2012-01-30 12:23 | 企画の報告
2010年3月14日に開催した、さらだの企画の報告です。
テーマは『テレビの中の性的マイノリティ』。

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MtFのトランスジェンダーで、性社会・文化史の研究者である三橋順子さんを招いての講演会を行い、講演後、グループに分かれて1時間ほどテーマに沿って話し合いました。全体で40人を超える方々にお越し頂きました。

●日本は早くからマイノリティがテレビに登場していた国

 日本って、世界ではとても稀な国です。1960年代というかなり早い時期から深夜番組を中心に、カルーセル麻紀さんなどがテレビに登場していました。今も、全国ネットのゴールデンタイムに毎日のようにはるな愛さんとか性的マイノリティの方が出演されていますよね。性的マイノリティをテレビメディアから疎外している国に比べると、たくさん登場させているという点では評価できると思います。ただ、どういう形で登場させているのか、そこに問題があると考えています。つまり、量的にはOKだけど、質的に問題があるということです。

●おすぎさんとはるな愛さんは同じカテゴリー?

 メディアでときどき使われる「クミアイ」という言葉があります。「『おかま』同業者組合」の略です。少なくともこの5、6年、バラエティ番組には「クミアイ」枠というのが1つあるようです。10人の出演者がいれば、1人は「クミアイ」からというのが番組の基本的な作り方ということです。
 大学の授業で「おすぎさん、もしくはピーコさんと、はるな愛さんは同じカテゴリーですか?」と学生たちに聞くと、3、4割が「同じだと思う」と答えます。理由を聞くと「テレビで同類にしてるから」という返事。これはメディアが作った「クミアイ」カテゴリーに影響されているわけです。

●メディアが作る「まとも」と「非まとも」

 おすぎさんやピーコさん、はるな愛さんなどは、メディア的に「クミアイ」の人ということになりますが、では「クミアイの人」って何かというと、メジャーなジェンダー・セクシュアリティではない人、つまり、シスジェンダーで異性愛の人以外の人です。性的に「まとも」な人たちと「まとも」じゃない人たちというカテゴリー分けなんです。だから「まともじゃない人」が「どう、まともじゃないのか」という点は問われないんです。ジェンダー・アイデンティティに違和感をもっているのか、セクシュアリティの問題なのかは問わない。だからトランスジェンダーもゲイも一緒くたに「クミアイ」の枠組みに入れてしまう。ピーコさんと愛ちゃんの見かけ、性的なあり様というのは、はどう見たって違うのに、「まともじゃない人」という括りでは同類なのです。

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●「おかま」は差別用語。放送禁止に

 ところで、「おかま」という言葉は、語源は江戸時代の俗語で「肛門」という意味です。そこから「肛門を性器として使う人たち、アナルセックスをする人たち」を「おかま」というようになります。具体的には、アナルセックスを仕事としていた、女装をした男娼の呼び名で、昔はかなり限定的な言葉でした。ところが、それが1980年頃から意味が拡大されて、女装している人全体、あるいは女っぽいゲイに対して広く使われるようになります。そういう使い方を広めたのは、テレビや雑誌などのメディアです。現在、使われている「おかま」は、そうした流れで、拡大リニューアルされた差別語なのです。
 戦後すぐの文献ですでに、女装男娼たち自身が「おかま」と呼ばれることを「屈辱的言葉」だと嫌がっています。それなのに70年近く経った今でもメディアは使用し続けています。テレビ局によっては使用注意用語にはなっているようですが、放送禁止用語にはなっていません。明らかに差別性を持った言葉なのに使っていいのです。

●「笑っていい」マイノリティ

 メディアでは、人種・国籍による差別、被差別部落出身者への差別、身体障害者への差別、女性差別、全部ダメです。当たり前のことです。だけど、性的マイノリティだけは差別していい、少なくとも「おかま」は笑っていいことになっているのです。ニュースやドキュメンタリーで、性的マイノリティの人権を擁護することが大事だと言いながら、その後のバラエティ番組で「おかま、おかま」と言って笑いを取る。こうしたダブルスタンダードはいったいどこから来るものなのでしょうか。

●当事者の間の不一致

 その答えの1つに、「おかま」という言葉に対して、当事者が必ずしも一致して怒っているわけではない、ということがあると思います。
 ゲイの方に多いのですが「別にいいんじゃない、おかまはおかまなんだし」とか「ワタシはおかまって呼ばれたい」とか言う。ゲイの方は、外見上「おかま」だってすぐにわかるわけではありません。いちばん指差されて笑われるのはMtFのトランスなのです。ところが、いちばん被害を受けているトランスジェンダーではなく、被害が少ないゲイの人の「おかま」容認論が通ってしまう。現実に「おかま」アイデンティティを持っている方もいるわけで、言葉狩りになるので全面的な使用禁止を主張するつもりはないですが、少なくともテレビなどのメディアで、他称・呼称として、人を指して使う言葉ではないと思います。この点をしっかり認識してもらうことが、メディアにおける性的マイノリティ差別を解消していくための第一歩だと私は考えています。

●テレビに出るのは、いかにも「らしい」人

 それからテレビの性的マイノリティの登場のさせ方、ここにもかなり問題があると思います。例えば、テレビがゲイの人を出すとき、いわゆる「オネエ」しか使わない。ゲイの人には結構マッチョなタイプが多いわけですし、外見上「普通」に見える方が圧倒的です。だけど、そういう人は出さない。「オネエ」だけしか出さない。すでに、ここにゲイのイメージに対する大変な作為があるわけです。
 あるいはMtFの人を出すとき、本当に女性らしい人、「まとも」に見える人は使いにくい。はるな愛さんも、女性らしくしていたのでは使ってもらえない。だから本意ではないと思うのですが、「おっさん!」と突っ込まれると男声で言い返す。それで「やっぱり男なんだ」「まともな人ではないんだ」ということを視聴者に納得させるわけです。

●レズビアンとFtMは出ない

 それからテレビにはレズビアンはいません。出してもらえません。絶対に居ると思うのですが、カミングアウトできない。女性の場合、かっての佐良直美事件(1980年)のように、レズビアンとわかったらタレント生命はお仕舞いです。テレビはすごい男性優位主義の社会ですから、女性は男性の性的対象でなければならない。男性の性的な視線を受け取れないレズビアンはテレビには必要ないという、男性中心的な構造がまだまだ根強いのだと思います。
 さらに言うと、FtMもテレビには出てこない。FtMはテレビだけじゃなく、水商売の世界でもMtFに比べて商業化が大きく遅れました。女性が充分な所得と遊ぶ時間を得ないと「ミス・ダンディ」のような業種は成立しません、商業的にはとても不利なことが、可視化が遅れた一因だと思います。

●テレビドラマ『ラストフレンズ』のミスリード

 2008年春にフジテレビで放送されたドラマ『ラストフレンズ』で、上野樹里さんが好演した瑠可という役は、同級生の美知留(長沢まさみ)が好きという設定で、ドラマの前半でFtMの性同一性障害を匂わす演出がいろいろなされました。ところが、後半のお父さんにカミングアウトするシーンで「私は男の人を好きにならない。なれないんだ」って言うのです。私は、どんなカミングアウトをするのか期待を込めて観ていたのですが、ズッコケてしまいました。「それはレズビアンのカミングアウトだろう!」。FtMのカミングアウトなら「私(の心)は男なんだ」になるはずですね。
 でも、瑠可がレズビアンでは視聴率が取れない。脚本家がインタビューで言っているのですが、レズビアン的な人物造形だと分かっていて、視聴率のために性同一性障害というレッテルを使った、ということです。

●ちょっと男の子っぽいだけで病院に?

 このドラマは、最終回20%を超える高視聴率でした。その結果、何が起こったかというと、自分がFtMだと思ってジェンダークリニックに来る10~20代の若い女性が激増したのです。つまり、瑠可のような女性が好きな、本来はレズビアン・カテゴリーの女性、あるいはせいぜい思春期特有の同性思慕を抱いている女性が、私は瑠可と同じ性同一性障害なんだ、瑠可のように病院へ行かなければいけない、というふうに思いこんじゃったということです。
 テレビドラマが誤解の種を蒔いて、それが現実に悪影響として現れているわけです。こういう明らかなミスリードが生じないように、テレビやメディアをしっかり批判的に観ていかないといけない。そして、あまりにひどい場合は、投書するなどきちんと批判すべきです。黙っていては何も変わりません。
 テレビメディアをしっかり監視して、ちゃんと抗議する、それが、性的マイノリティに対する誤解を減らし、社会的な差別をなくしていくために必要なことだと思うのです。


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参加者から寄せられた感想

●「 『オカマ』という言葉をTVでは放送禁止用語にするべきだ」と初めて聞いたときは禁止することが良いことなのか正直疑問でした。しかし、話を聞いているうちにTVの影響力の強さを感じそれくらいすべきなのだなと納得できました。
●女装で外出中に「おかま」と叫ばれ、グサっときたことを思い出した。
●「オカマ」の語源を私は知らなかったし、現代は意味も広くごっちゃに使われているんだと知りました。普通ではないことで悩んでいる人を笑ってはいけないのだと思いました。
●性の多様性について知ることができました。初めて聞く用語が多く(用語解説、助かりました)理解のスピードはゆっくりですが。異性愛者多数の社会で暮らしていると悪気なく異性愛を前提として会話をしてしまったこともたくさんあったでしょう。人には学習し、想像して、理解する力があると思うので、子どもの頃から正しい教育が受けられるようにする必要があると感じました。
●性的マイノリティを自分はずいぶん単純化してとらえていたんだな、と思いました。メディアの影響も大きいのだなと知りました。



『用語解説』
さらだ作成  ※企画当日は三橋氏作成の用語集が当日限定で配布されました。

【性的マイノリティ】
性的少数派、セクシュアルマイノリティとも言う。ゲイ(男性同性愛者)、レズビアン(女性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、インターセックス(間性)、トランスセクシュアル・トランスジェンダー(いわゆる「性同一性障害」)、Aセクシャル(性的欲求が男性・女性のどちらにも向かず、または薄い人)の人たちの総称。

【ゲイ】
男性同性愛者。ホモセクシュアルともいわれる。もともとゲイには「陽気な」の意味がある。

【レズビアン】
女性同性愛者。もともとは、古代ギリシアの女性同性愛者で詩人のサッホーが住んでいた「レスボス島に住む者」という意味。

【トランスセクシュアル】【トランスジェンダー】
【性同一性障害(GID)】
生物学的性(生まれながらに持っているからだの性)と性自認とが一致しない状況にある人たちのことを指す。性自認を人間の性の基本と据える観点から、からだの性を性自認へ合わせるために、現在、「障害(「性同一性障害」)」としてとらえることが多い。GIDはGender Identity Disorderの略。また、生れながらの性別に従って生きる多数派《非・トランスジェンダー》の事を、「シスジェンダー」と呼ぶ。
【MtF】【FtM】
MtF(Male to Female)は、からだの性は男性で性自認が女性である状態を指し、FtM(Female to Male)はからだの性は女性で性自認が男性である状態を指す。MtFやFtMでも性的指向はさまざまである。

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三橋順子(みつはしじゅんこ)さんのプロフィール

 1955年、埼玉県生まれ。性社会・文化史研究者。多摩大学非常勤講師、国際日本文化研究センター共同研究員、早稲田大学ジェンダー研究所客員研究員。専門はジェンダー/セクシュアリティの歴史、とりわけ性別越境(トランスジェンダー)の社会・文化史。
 21歳のころ、心の中の「もうひとりの自分(女性人格)」の存在に気づき、30歳で初めての女装を経験、35歳から「女装クラブ」に通い本格的に女装の技術を習得した。1995~2002年の間、新宿歌舞伎町の女装スナックなどでゲスト・スタッフを務める。 並行して、MtFTG(Male to Female Transgender)としての社会活動を開始し、ジェンダー/セクシュアリティについての研究・執筆・講演活動を始める。
 現在は、家族の理解を得て、社会的性別をフルタイム女性に移行し、日本におけるトランスジェンダー・スタディーズの構築を目指して著述・講演活動に専念している。
 著書に『女装と日本人』(講談社現代新書 2008年)、共著に『性の用語集』(同 2004年)、『性的なことば』(同 2010年)など。
 趣味は着物。宝物は、パートナー(女性)と息子。
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by salad_lgbti | 2011-01-11 22:52 | 企画の報告

報告:さらだの交流会

10月23日(土)、さらだの交流会をおこないました。参加者は10名とこじんまりとした会でしたが、アットホームな雰囲気でなごやかな交流会となりました。

今回の交流会では、ハーベイ・ミルクのドキュメンタリー映画を鑑賞。このドキュメンタリー映画は、俳優ショーン・ペンがアカデミー主演男優賞を受賞した劇映画「ミルク」のモデルとなった映画です。

上映後、バゲットサンドやサラダを囲み、意見交流などを行いました。

ドキュメンタリーが描くミルクのカリスマ性や戦略、1970年代のゲイムーブメントの高揚などに感銘を受けつつも、冷静な視点で意見を語る人が多かったです。

ミルクが英雄視されて描かれていることに対する違和感や、アメリカと日本の政治の仕組みや宗教の有り様の違いについての話、そして、カミングアウトをしよう!とミルクが声高に訴えることへ拒否感を持ったなど、さまざまな意見がでました。

また、ミルクがセクシュアルマイノリティの問題だけでなく、さまざまな社会的弱者の要望を政治課題として取り組み、そういった仲間とともに活動していたことに共感する、などの意見もでました。

意見交流などをしていたら、あっというまに時間が過ぎ、初対面の人も何人かいましたが、打ち解けた感じの楽しい交流会になりました。

そして、ときどき、こういった交流会も開催できたら、という話になりました。
ご参加いただいた方々、ありがとうございました!
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by salad_lgbti | 2010-11-11 11:44 | 企画の報告
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6月21日、新宿二丁目にある「akta」にて、砂川秀樹さんに講演していただきました。会場いっぱいに人が集まり、講演のあとには質疑応答や参加者同士のグループトークを行いました。時間に限りがあり話し足りなかった方もいたと思いますが、進め方や時間配分など次回に生かしていきたいと思います。

砂川さんには、編著『カミングアウト・レターズ』を作った時の思いや、ご自身と家族とのエピソード、カミングアウトの背景の分析などを話していただきました。セクシュアル・マイノリティの中には、カミングアウトをしてお互いにより深い関係を築いたという人もいれば、カミングアウトをめぐって傷ついた経験を持つ人もいます。カミングアウトの捉え方は人それぞれですが、セクシュアル・マイノリティとマジョリティが共にカミングアウトをいろいろな角度から考える場になったように思います。

さらだ事務局はカミングアウトした人とカミングアウトを受けた人のエピソードを集めた資料を作り、当日配布しました。企画の冒頭にそのなかの数編を朗読しました。

お越し頂いたみなさん、そして砂川さん、aktaのスタッフのみなさん、本当にありがとうございました。

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参加者の感想の一部をご紹介します。

〜〜〜

●「自分の中のアイデンティティや強い思いを、自分にとって大切な人、特別な人には伝えたい、知ってほしい、共有したい」この気持ちはすべてに共通するなと思った。ただ、性的なこと、マイノリティなことに関しては、あまりにも障害が多いことも感じる。

●カミングアウトを否定的にとらえる人たちの中には、日常の中で常にカミングアウトをするかしないかせまられている。それゆえに「言わなくたって良いじゃん」という気持ちの肯定がなければつらすぎるからなんじゃないかと思った。

●共有することによって人はつながれる事を認識した。

●砂川先生のような説明があると、マイノリティだけの問題で収束しないから良いと思った。

●カミングアウトされた側が、した人に対し、どこまでその問題に踏み込んで接してよいのかその辺がわからずにいます。

〜〜〜

現在、次回の企画を計画中です。詳細決まりましたら、報告いたします!
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by salad_lgbti | 2009-10-21 21:14 | 企画の報告
2008.9.23.さらだ企画vol.2 報告
「女性」と「マイノリティ」2つの生きづらさを考える
LOUD代表の大江千束さんと
副代表で大江さんのパートナー小川葉子さんのお話を聞きました

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ひいちゃう気持ち

大江●これから話す内容に、どうしても性的な話が出てきます。そのときにもしかしたら「いやだな」「私はひいちゃうな」というお気持ちになるかもしれません。同性愛全般がいやなのか、レズビアンがいやなのか、それとも性的なこと全般がいやなのか、自分を省みるチャンスだと思って聞いていただければ、と思います。

コミュニティ人生の始まり ─大江さんの場合

大江●私の場合、中学生の頃ぼんやりと女の子が好きだという自覚が出てきました。漫画や音楽の影響のおかげでレズビアンに対してマイナスイメージなく育ったんですが、高校生のときに同級生を好きになったんですね。でもさすがにコクったらアウトだと思い詰めて親友止まりで耐えていました。20歳後半の1980年代後半にレズビアンコミュニティが誕生します。「女を愛する女たち」という特集の本が出てそれを絶対買いたいんだけど買えないの。本屋さんを3周くらいぐるぐる回って、ほしくもない雑誌と併せて裏返してレジに持っていって、下を向きながらやっとの思いで買いました。その本をむさぼるように読んでからコミュニティに出かけるまでに葛藤があって6ヶ月かかってしまうのだけど、そこからやっと私のレズビアンコミュニティ人生が始まりました。

「正しいレズビアン像」

大江●日本で生まれたばかりの当時のコミュニティは「正しいレズビアン像」を模索していた時期だったと思う。短髪でノーメイク、パンツスタイルというみんなすごく似た格好をしていました。私は髪が長かったからちょっと浮いていたんだけど、初めてそういう人たちにお会いして、とにかくそこでいろんな影響をうけるんですね。それで今の私があるなと思います。自分たちはレズビアンとしてどうあるべきか、日本のレズビアンとしてどういう運動をしていくべきか、ということが議論の中心でした。中にはフェミニズムの経験から真の平等を求めてレズビアンになったという人もいて新鮮だった。やっぱり出会いを求めて行くのだけど「恋人募集中です」なんて言える雰囲気じゃなかったです。

母との確執─小川さんの場合

小川●母は私がレズビアンだということをうすうす気づいていたのですがセクシュアリティに関しては絶対に譲らない人でした。女の幸せとして、自分と同じように夫を持ち子どもを生んで家庭を築いてほしい、というのが母の願いだったんですね。でも私はそれに応えられない。幸せのラインから外れた自分はまっとうな人間じゃない、そう考えた頃が一番辛い時期でした。母は、私にとって理想の女性であったし、大きなバリケードでもあった。これを乗り越えないとどうしようもないな、といつも考えていました。
母は若くして亡くなったのですが、その葬式の後、叔母から母の気持ちを聞きました。「昔は娘を否定的に思っていたけど、今は自分らしくのびのび生きたいように生きていけばいいと思ってる」と。私には決してそんなことは言ってくれなかったけれど最後に私を受け入れてくれた、それは本当に嬉しかったですね。

きっちり対等ってナンセンス

大江●私たちは付き合い始めて丸13年ですが、私は最初、女同士なんだからすべて対等じゃないとダメ、家賃、生活費は1円まで折半、家事はきっちり分担でいきましょう、でなきゃレズビアンカップルじゃないと思い込んでいました。
小川●大江さんはコミュニティの大先輩の方々の訓示を受けているから理想像があったみたいで。
大江●そう。でも、私は家事をやってたから慣れてるけどこちら(小川さん)は不慣れ。だから掃除の仕方とかそういう細かいことで喧嘩ばかり。で、しばらくしてそれってナンセンスだなって思った。だって稼ぎが多い方が多めに出せばいいし、家事だって得意な方がすればいい。何年も経ってやっと分かりました。そしたらお互いずぼらになっちゃってもう妥協、妥協で(笑)。家庭内での他者との不公平感は千差万別で、お互いが良ければ何だって良いって今は思っています。

気持ちだけじゃなく、制度も必要

大江●パートナーシップについて、最初は気持ちがつながっていることが大事で、紙切れ一枚お役所に認めてもらうなんていう結婚制度には頭から否定的でした。でもパートナーシップが長くなって歳をとってくると、自分たちの努力でどうにもならないことがあるって分かってくるんです。それが、制度や法律のことです。どっちかが具合悪くなっても、救急車に一緒に乗れないとか、集中治療室には入れないとかいうことが予想される。住宅の問題でも、私たちは今借家住まいですが東京の場合は公共住宅に同性同士の入居はできないんです。男女だったら「婚約者です」って書けばエントリーできるのに。家を買おうにも夫婦ローンは使えないので2人共有でローンを組めない。一人の査定では、思うような物件は難しい。保険金の受け取りもパートナーにできないし、携帯なんかの家族割りも使えないです。それは現実にある、不平等です。あれだけ「気持ちが一番」と思ってきた私も、ここ数年は同性同士のパートナーシップ制度とか同性婚が必要だとひしひし感じます。もしそういうのがあって、相手を「パートナーシップ制度に則って登録したカップルです」とか「同性婚をしている私の家族です」とかって説明できたらどんなにか楽だろうと思います。


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【質問タイム】

Q答えられる範囲でいいのですが、ベットの中で男女の役割分担はありますか?また、体の関係は必要ですか?
大江●ディープな質問ですが果敢にお答えしますよ。ベットの中では好きにしたらいいと思います。したいことやしてほしくないことなどは自分にしか分からない。それをコミュニケーションできるかが大事だと思います。男女間でも同じですが女性同士だとより言いやすいと思います。
 長くつきあうとセックスレスにもなります。セックスがあってもなくてもいいと思います。最初から性的欲望が極端に少ないなどの、アセクシュアル(エーセクシュアル)な方もいらっしゃいます。

Qレズビアンとして子どもを生みたいという気持ちはあるのでしょうか?
大江●レズビアンコミュニティの反省点のひとつに子どもをどう持つかという議論をしてこなかった、ということがあると私は考えています。ゲイでもレズビアンでも子どもを持ちたいという気持ちは当然あると思います。私はすごくほしい時期があったので10歳若かったら外国に行って体外受精をしたかもしれないですね。
 外国のレズビアンコミュニティの方々に「どうしてオオエ、オガワは子どもを持たないの?」とよく質問されます。アメリカでは子どものことがコミュニティの筆頭トピックだったりするんですって。実際には日本にも子育てをしているカップルは大勢います。それは結婚歴があって離婚し、子どもをパートナーと育てているというのが一番多いパターンです。子育てということをもっと前向きなものとして議論してこなきゃいけなかったなあと感じていますが、おそらくこれからの課題になってくると思います。
小川●私も子どもは好きですが、男性と結婚しないから生まないだろうという意識でいました。もし日本で同性カップルに認められていたら里親制度で子育てをしたかったなという思いはありますね。

Q今後どのような活動をしていきたいですか?
大江●普段は仕事をしていて、余暇をここのボランティアに割いているのでできることは限られているのですが、メディア対応も含めて当事者以外の人と関わって「こういう人たちがいるので一つよろしくお願いします」ということを続けることかなと思います。
小川●ラウドにはレズビアンもバイセクシャル、トランスセクシュアリティ、インターセックスの方もいらっしゃる。あるいはヘテロセクシュアルの方も。もういろんな人に社会的に開かれた、安全な場所として利用してもらえる、そういう姿勢でやってきたので、これを貫いてさまざまな交流を続けていけたらいいな、と思っています。

レズビアンとバイセクシュアル女性のためのセンターLOUD(ラウド)って?
1995年、レズビアンを始めとするセクシュアルマイノリティ当事者が自由に使えるスペースとして、3人のレズビアンによって創設された。書籍のレンタルや閲覧、雑誌やグッズの購買などもできる。

【参加者から寄せられた感想】

●僕は、異性愛者(今後はわかりませんが)ですが、以前片思いだった女性になかなか振り向いてもらえず、「この人はレズビアンではないか」と考えたことがあります。そのとき、本当に!本当に!「俺が男性とつきあう楽しさを教えてやる!」と思ってました!今日お話を聞いて、大江さんが会社の男性に「治してやる」と言われたこと、ゾッとしました。みんな考えるのでしょうか。

●あまり今までパートナーシップのことなど考えていませんでしたが、日本の制度では難しいことが多かったのをはじめて知りました。誰もが同じように暮らせるよう、いろいろな活動が必要ですね。いろんな人がいる世の中があたりまえだと思うので。

●等身大の体験談が興味深く、面白かったです。この国の制度とのギャップなど、興味深かったです。

●自然な感情、否定的でなく、ムリヤリいきがってない同性愛者、カップルに初めて接しました。なにかとマジョリティ批判みたいなことをはげしく言う人が多くて、ウンザリしていましたが、今日はとても気持ちよくお話を聞けました。ありがとうございます。

●大江さん、小川さんの話を聞いていて、私の思春期時代を思い出していました。女の子どうしで手をつないだり、親友でいつも一緒にいた子が別の子といると嫉妬したりしていました。当時は、同性の方が興味があったと思います。正直、自分のことが男らしい、女らしいというのをあまり考えたことがありませんでした。それは、とても幸せなことだったと思います。
 また、私は小学校の教師をめざしています。小学生でも高学年になると“性”について考えている、考え始める頃と考えると、教育の場でも考え合う、話し合う場をつくっていきたいです。

●ヘテロに対する怨念のようなものをちらりと感じました。ex.「ヘテロおやじ」発言。同/異性愛者間の亀裂を生むようで気がかりでした。性的マイノリティが問題化しはじめた黎明期から頑張ってこられている経験が聞けてよかったです。

【講師プロフィール】
大江千束 おおえちづか
1960年東京都生まれ。1988年より東京新宿「れ組スタジオ東京」主催の集いに参加。1994年30代以上のレズビアンの集い「グループDARUMA」の事務局を担う。1995年東京中野にレズビアンとバイセクシュアル女性のためのセンターLOUD※(ラウド)が創設され利用者として参加。1997年LOUDのスタッフとして運営に加わり、1999年LOUD代表として運営の中心となり現在に至る。
【著作】2000年『同性愛がわかる本』(伊藤悟著/明石書店)に、エッセイを執筆。2002年『多様な「性」がわかる本』(伊藤悟、虎井まさ衛著/高文研)に鼎談で参加。2003年プロブレムQ&A『同性愛って何?』(共著/緑風出版)。2005年プロブレムQ&A『10代からのセイファーセックス入門』(共著/緑風出版)。2007年プロブレムQ&A『パートナーシップ・生活と制度』【結婚・事実婚・同性婚】(編著/緑風出版)。
※LOUDウェブサイトhttp://www.space-loud.org/loud

小川葉子 おがわようこ
1963年東京都生まれ。1994年に「グループDARUMA」に参加。1999年LOUD※のスタッフとなり、ファンドレイジング・イベントのキャンドルナイトを手掛ける。現在もLOUDの副代表として運営を担う。2002年「東京レズビアン&ゲイパレード2002」公式企画「東京・人権2002フォーラム レズビアン&ゲイ・ライフのこれから」に同性同士のパートナーシップの実践者としてパネリストで参加。レズビアンの当事者であることを隠すことなく、複数の大学他で出講を行う。 
【著作】 2002年『多様に「性」がわかる本』(伊藤悟、虎井まさ衛著)にライフストーリーを執筆。2003年プログレムQ&A『同性愛って何?』(共著/緑風出版)など。 
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by salad_lgbti | 2009-05-27 10:56 | 企画の報告

さらだ企画vol.2・報告&

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08年9月23日、「レズビアンとバイセクシュアル女性のためのセンターLOUD」にて、LOUD代表の大江千束さんに講演していただきました。

講演では、同性カップルが抱える制度的課題や、女性でありマイノリティであることから生じる職場や家族との問題など、大江さん自身の経験をふまえ、とても分かりやすく、お話していただきました。そして、大江さんのパートナーでありLOUD副代表の小川さんとの掛け合いは、とても軽快で楽しく、尚かつ多くのことを気づかせてくれる内容でした。会場には、たくさんの人が集まり、熱心にお二人の話に聞き入りました。

お越し頂いた方々、そして大江さん、小川さん、ほんとにありがとうございました。講演の詳しい内容は後日アップする予定です。

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ひとまず、参加者のアンケートの一部をご紹介します。

〜〜〜
「何故、自分のセクシュアリティのことを公に話すのか?」という問いに対して、「言わないと、誰にも分かってもらえないから」という答えがすごいと思いました。相手に受け入れられるかどうかが自分にとってキーポイントだったので、双方的な、相手との関係性を重要にしてらっしゃるから、そのような答えをだすことができるのだなあと感嘆しました。
あと、企画全体が漫才のような掛け合いがあって、とても面白かったです。
制度面でのつまづきが、気持ちが繋がっていればいいという気持ちを追い越してしまうというお話しが、これから自分にどういう壁としてぶち当たるのかなんて考えていなかったので、将来を考える上で、絶対に考えなければいけないことだと目が晴れる思いをしました。(T)

今回、初めて企画に参加しました。レズビアンの方からお話を聞くのも初めて。私は異性愛者ですが、あらためてセクシュアリティの捉え方について考えるとても良い機会になりました。セクシュアリティの捉え方がこんなにもあることを知りました。日本は制度的にも他の国に比べて遅れていることも知らされました。“まずは知ること”が第一なんだと思います。とても楽しかったです。いい恋愛をしたいなあ、と思いました。

今回初めて企画に参加しました。私自身は、性別じゃ女性で性自認も女性で性的指向も異性が好きなのですが、ジェンダーという観点で勉強をしていて今回の企画にたどりつきました。なので会社での女性の扱われ方とか女と男の「役割」の違いっておかしくないか、ということは常々思っていて、そこから女とか男に限らず「らしさ」という呪縛に縛られて生活しているということが根幹にあるように感じました。同性婚を認めることもそうですし、個人個人がそれぞれ自信をもって「自分らしく」生きられる世の中になることが重要かな、というふうに思いました。(無記名)

パートナーとして困ることなどのエピソードは今までにほとんど聞いたことがなかったので新鮮だった。でも、実際に共に生活されたり、親戚関係を築いているということで大変ながらもステキに生きているなあと思った。好感が持てました。
「正しいレズビアンスタイル」という話も面白かった。ゲイコミュニティにも似たスタイルの人が集まるということがある気がして、私はそれに違和感を持ってしまう。多様な人がいる方が自分は自然でいられる。やっぱりヘテロも含めて社会のなかでふつうにマイノリティが生活できるのがよいなーと思った。(無記名)

あまりレズビアンの知り合いはいませんが、高校の時に同じクラスのコがそうだったんですが、彼女もいろいろと考えたり悩んだりしていたのでしょうか。学校とかで、もう少しいろいろ話題になるとよいなあと思いました。(無記名)
〜〜〜〜
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by salad_lgbti | 2009-01-18 19:15 | 企画の報告
2008年2月23日、佐倉智美さんを招いての講演会を行いました。
『男』って?『女』って?自分らしく生きられる社会って?という内容で佐倉さんに講演をしていただきました。

その講演の内容を記載します。

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「性別は男と女、恋愛は異性愛間」という常識

 「あなたと同じ性別はここに何人いますか?」と聞かれたらどう思いますか?一般的には男性として生きている人は男性を探すでしょう。それからよくある、男・女のどっちかに○をつける性別欄。性別といえば男と女の2つでそれ以外はないし、恋愛は異性間、これが常識ですよね。
 でもこの常識に疑問を持つ人がいるんです。セクシュアルマイノリティです。性的少数者って少数だけど、「そんなやつおらへん」というほどには少なくないんです。

性別欄は男に○?女に○?

 私は、昔は迷わず男に○をしていました。今は○をつけるとき、ハタと考えるんです。デパートのカードを作るときなどは女物のお知らせが届くので女に○をする。困るのは体に関することや書類に関することのときなんですね。子宮がん検診やったら男にしないとまずい(笑)。また着替えがあるような場合には男に○をしていました。でも温泉で「お客さん、そっちは男湯です!!」と言われることも。女湯に入ったこともありますが、何かあったらどうしようとドキドキして、お風呂からでたときにはぐったり疲れ、なんのために来たのかわからなくなりました(笑)。
 女性1名で予約した台湾旅行で、空港で私だけ20分くらい待たされハラハラしました。パスポートにはMとなっているので予約の性別と違っていたからではないかと思います。
 すべてが男女別になっている中、性別が違っていたらどうなるのか。ピンチを何度もくぐって、世の中の男と女のカラクリを考えるようになりました。

子どものころ

 3歳くらいのとき、自分は男だと親に言われて残念に思っていました。親は「腕白でもいい、たくましく育ってほしい」(笑)と考えているけど自分は期待に応えられない。男の子同士ではうまく遊べないし、いじめられる。プロレスなんかは苦痛でした。一方女の子とは楽しく遊べる。それが問題ないということなら良かったのですが、そうはいきませんでした。 
 私の恋愛対象は女性です。中高生のころは好きな人が女性なんだから「オカマやない」と異性愛のルールに従って思考停止をしていました。でも女同士だったら友達として仲良くなれたはずなのに異性だということで恋愛の手続きをとらなければならなかったんです。

女として生きてみよう!

 大人になり、家族も持ったあと、埼玉医科大学で性適合手術の話を聞きました。「心の性別と体の性別が一致しない、うんぬん。」そうや、それそれ!性別を変えるなんて変態やと思っていたけど、「性同一性障害」と名前をつけるぐらいたくさんいるんやと知りました。
 女として生きてみよう!と、とりあえず、女物の服を注文して着てみました。ときめくんです(笑)。でもときめくと、あかんのちゃうか、元に戻れなくなるんちゃうか、という罪悪感に苛まれます。こういう自分でいいんだ、と認められるまでに1年間かかりました。
 それに男性として生きて30数年、女としての経験値はゼロです。化粧をして街を歩き、高校生らに「オカマが歩いてるよ〜」と言われて「しまった、バレたか」とまた研究する日々でした。

トイレは踏み絵

 トイレは大げさに言えば「踏み絵」なんですね。トイレの前でどっちの性別か表明させられるんです。
 でもすべてトイレを男女一緒にすればいいというのも違います。女として生きるようになってから、道でおじさんに声をかけられたりして女はこんなに怖い思いをしているのかと知りました。関西には「みんなのトイレ」東京では「だれでもトイレ」という障害者や子どもなど誰でも使える多目的トイレがありますが、トイレをこういうものに変えていくというのは、1つの理想の形として参考になるのではないでしょうか。

個人の好みのタイプでは

 よくゲイ映画で、恋の告白を受けて「ごめん、俺ゲイだから」と断っているシーンがありますが、個人的に好みのタイプじゃなかっただけ、と考えられないでしょうか。同性愛か、異性愛かというけど、自分の好みのタイプを好きになっているだけで、世間が異性愛のルールをしいているから同性愛とかの名前がつく。なんら違いはない、そう考えるとみんなが生きやすい方向にいくと思います。

男の国と女の国

 今は、男の国と女の国の間に、ベルリンの壁のような壁があります。今ベルリンは壁が壊されてそこはただの道になっています。男と女の国境もただの道路になったら、マイノリティだけじゃなくそれぞれの自分らしさを選択できる社会になる。誰もが生きやすい社会につながっていくんではないでしょうか。

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●佐倉智美さんのプロフィール
 1964年、関西に生まれる。幼いころより自分の「男」という性別に違和感を覚える。
 高校の社会科講師、塾講師などを務めつつ、社会における性別役割分業・性差別、そして性別そのものへの疑問をつのらせる。
 1997年、自らの“性同一性障害”を確信。自分らしく生きることを求め、社会的・文化的性別を「女」へと転換。インターネット上にホームページを開設し、また執筆・講演活動なども通じて、積極的に情報発信中。
 講演・講義は、三重大学「性の多様性概論」(平成14年度)、日本女性会議2003大津をはじめ、各種市民セミナーなどや、学校教職員・自治体職員の研修など多数。
 2005年3月、大阪大学大学院人間科学研究科・博士前期課程修了(修士号取得)。その後、研究室付事務補佐。
 2004年6月より(ジェンダーバイアスフリーな社会をめざした各種活動をおこなう)NPO法人「SEAN」理事。
佐倉ジェンダー研究所

【著書】
「性同一性障害の社会学」
1890円 現代書館
「明るいトランスジェンダー生活」
1890円 トランスビュー
「女が少年だったころ」
1470円 作品社
「女子高生になれなかった少年」
1680円 青弓社
「性同一性障害はオモシロイ」
2100円 現代書館

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参加者から寄せられた感想

●性別は2つじゃない、無段階にある、というお話、とても新鮮でした。自分は女らしいといわれる部分も、男っぽいのでは?と思われる部分も混在しているような気がしていました。でも性別は人の数だけあるのかもしれないという言葉を聞いた時、あ、自分はこれでいいんだと思うことができました。自分らしく生きるということを、せばめているのは自分の意識なんだと思いました。そしてそれに影響を与えるのは社会の枠組なのだということもわかりました。そんな社会のしくみも、もっとみんなが生きやすいものに発展していくといいなぁ(変えていきたいなぁ)と思いました。

●今、自分が好きな人は女性です。しかし、「男らしさ」のおもりをどっぷりつけているなと、とても感じます。人前では泣けない、弱音ははかない、など。立ち姿や、座り方、荷物の持ち方に至るまで、「らしさ」を押しつけられてしまっていて、今の自分の価値観をとても疑ってしまいます。その中で好きになる人もまた世間に押しつけられたものなのか、と悲しくなることもありますが、「自分が好きな感情はその人次第」という言葉にとても励まされました。セクシュアルマイノリティの問題をつきつめることは、現代で生きる人すべてにとって励ましになるのではないか、と考えました。素敵な結論(まとめ)に感動です!

●「みんなのトイレ」の話がなるほど、と思った。やっぱり人々の意識を変える啓蒙活動も大事だけど、意識が発生するところの構造や物質的な物を変えることも必要だと思うから、そういう具体的な提起があると共感しやすいし、現実的な問題としての認識ができる。 

●告白を断る時に、「ゲイだから」って通る理由だと思っていたんですが、「タイプではないから」という方がしっくりするなと、お話をきいて、目からウロコでした。

●話を聞いて、「心が女性=男が好き」ではないというところが新鮮だったというかハッとしたところです。
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by salad_lgbti | 2008-08-04 19:53 | 企画の報告